どうも、深野です。
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を観てきました!
『[新編]叛逆の物語』から13年。
まどマギの新作ということで、かなり期待していた作品です。
そして観終わった私の正直な感想は……

うーん、正直ちょっと微妙だった。
『叛逆の物語』は面白かったし、観終わったあとに「あれってどういう意味だったんだろう?」といろいろ考えたくなった作品でした。
でも今回は、「今どの世界の話?」「この新キャラは何のために出てきたの?」と、考察したいというより、そもそも話の繋がりがよく分からないまま進んでしまった感じでした。
映像と音楽はすごく良かったです。
ただ、ストーリーについては期待していたほどハマれませんでした。
今回はそんな私の『ワルプルギスの廻天』の感想と、ラストのまどかやほむらについて考えたことを書いていきます。
『ワルプルギスの廻天』作品情報
- 作品名:劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉
- 原作:Magica Quartet
- 総監督:新房昭之
- 脚本:虚淵玄(ニトロプラス)
- キャラクター原案:蒼樹うめ
- 監督:宮本幸裕
- キャラクターデザイン:谷口淳一郎
- 異空間設計:劇団イヌカレー(泥犬)
- 音楽:梶浦由記
- アニメーション制作:シャフト
あらすじ
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』の続編となる本作。
『叛逆の物語』のラストで、暁美ほむらは円環の理となった鹿目まどかから「人間としてのまどか」を引き離し、自らを“悪魔”と名乗って世界を書き換えました。
『ワルプルギスの廻天』では、その後の世界を舞台に、まどか、ほむらたちの物語が再び動き始めます。
新たな魔法少女たちも登場し、長年謎に包まれていたワルプルギスの夜や、魔女をめぐる秘密にも迫っていきます。
私の評価は★2.8|『叛逆の物語』の方が面白かった
まず評価はこちら。
★★★☆☆ 2.8 / 5.0
3にするか迷ったけど、2.8くらい。
映像と音楽は文句なし。
まどマギらしい独特な映像表現は今回もすごかったし、音楽も含めて「映画館で観てよかった」と思いました。
実際、専門レビューでも劇団イヌカレーによる異空間設計や梶浦由記の音楽は高く評価されています。
でも、ストーリーは正直つまらなかったですね。
ここで自分でも不思議だったのが、「難しいから楽しめなかったのかな?」ということ。
でも、それもちょっと違うんですよね。
だって『叛逆の物語』だって、決して分かりやすい映画ではなかった。
それでも前作は面白かったし、観終わってから考察したくなりました。
今回は「これってどういう意味なんだろう?」というワクワクより、

話がよく分からないまま終わっちゃった……。
という感覚の方が強かったです。
『叛逆』の続きなのは分かる。でも世界の構造が掴みにくかった
『ワルプルギスの廻天』が『叛逆の物語』の続編なのはもちろん分かっています。
『叛逆』のラストでは、ほむらが円環の理となったまどかから「人間としてのまどか」を引き離し、自ら悪魔となって世界を書き換えました。
なので、その後の世界が舞台になること自体は分かる。
ただ、今回観ていて何度も思ったのが、

これ、今どういう状態の世界なんだ?
ということでした。
まどマギって、もともと時間遡行や世界の改変が物語の重要な要素になっている作品です。
TVシリーズでは、ほむらが何度も時間を巻き戻し、最後にはまどかの願いによって世界そのものが書き換えられる。
さらに『叛逆』では、今度はほむらが世界を改変する。
だからこそ今回も、「今見ている世界がどういう状態なのか」は意識しながら観ていました。
でも、新しいキャラクターや名塚底根、円環の理に関する新しい設定などが次々と出てくるので、『叛逆』後の世界なのは分かるけど、その中で今何が起きていて、それぞれがどう繋がっているのかが掴みにくい。
私はそんな感覚でした。
「設定が難しいから嫌」というより、情報が次々追加されて、物語の全体像を掴みにくかった。
ここは『叛逆の物語』との違いをかなり感じました。
『叛逆』も決して一度観ただけですべて理解できる映画ではありません。
むしろ「あれはどういう意味だったんだろう?」と考えたくなる作品でした。
でも今回は、私の場合、「この描写はどういう意味なんだろう?」と考察する前に、「この設定とこの設定はどう繋がってるんだ?」となってしまいました。
だから私は、『叛逆』の方が観終わったあとに考察したくなったし、純粋に物語としても面白かったです。
新キャラ、こんなに必要だった?
そして今回、個人的にかなり引っかかったのが新キャラクター。
紫丁香、セルマ・テレーゼ、そして「名前のない上級生/ワス」などが登場します。
公式設定では、この3人はかつて円環の理に導かれたものの、「すべての魔女の始まりの場所」である名塚底根を通って現世へ戻ってきた少女たちとされています。紫丁香は円環の理を取り戻すために行動しています。
なので、もちろん物語上の役割はあります。
……あるんだけど。

こんなに新キャラ必要だった?
というのが正直な感想ですね。
特に覚えているのが、丁香とセルマ。

すみません、どっちもウザかったです(笑)
これは完全に好みです。好きだった人、ごめんなさい。
でも13年ぶりの『叛逆の物語』の続編だからこそ、私はまどか、ほむら、さやか、杏子、マミたち既存キャラクターの物語をもっと見たかった。
ただでさえ新しい設定が多い中で、新キャラまで一気に増えたことで、余計に話が散らかって見えてしまいました。
物語上必要なキャラクターなのは分かる。
それでも私は、
「必要なのは分かった。でも、もっと既存キャラ中心で見たかった」
というのが結論です。
ワルプルギスの夜の正体は、謎のままでよかったかも
そしてタイトルにもなっている「ワルプルギスの夜」。
長年謎だった存在について、今回かなり踏み込んだ情報が出てきます。
「すべての魔女の始まりの場所」とされる名塚底根など、これまで分からなかった魔女側の世界についても明らかになりました。
これ、ファンにとってはかなり大きな情報だと思います。
でも私は……

思ってたより大したことなかった。
となってしまいました。
長年正体が分からなかったからこそ、「一体何なんだろう?」という不気味さや特別感があったと思うんですよね。
今回、その背景や理由まで説明されて、「なるほど!」というより、「そんな感じだったのか……」で終わってしまった。
私は、ワルプルギスの夜については無理に答えを出さず、謎のままでもよかったかなと思いました。
『叛逆の物語』の方が考察しがいがあった
今回と前作の違いを考えていて、一番しっくりきたのがこれでした。
『叛逆の物語』は、「ほむらはなぜこんなことをした?」「この世界は何?」「ほむらの愛って何なんだ?」と、観終わったあとにいろいろ考えたくなった。
一方、今回は新キャラや新設定など情報量が多く、
「これってどういう意味?」より、「そもそも今何が起こってる?」の方が先に来てしまいました。
難しい作品が嫌いなんじゃない。
「分からないから考えたくなる」のと、「話が繋がらなくて分からない」のは、私の中では全然違いました。
だから13年ぶりの続編としては、個人的には『叛逆の物語』の方が好きです。
『叛逆の物語』については、以前シーンごとに内容を整理した記事も書いています。
→【完全解説】まどか☆マギカ叛逆の物語|意味がわからない人向けシーン順解説
ここからラストを考察
まどかは再び円環の理に戻ったと思う
ストーリー全体にはあまりハマれなかった私ですが、ラストについては結構考えました。
結論から言うと、
私は、まどかは再び「円環の理」に戻った派です。
実際、このラストについては複数の解釈がありますが、まどかが再び円環の理へ戻ったとする考察も有力です。
私がそう感じた理由の一つが、最後のまどかの涙でした。
まどかにとって、ほむらは大切な存在。
だから、ほむらと離れることは悲しい。
でも私は、
「ほむらと一緒にいたい」という気持ちと、「円環の理として魔法少女たちを救いたい」という気持ちは、まどかの中では両方本当なんじゃないか
と思いました。
ほむらが嫌だから離れるわけではない。ほむらのことも大切だからこそ悲しい。
それでも、自分が本当にいたい場所へ戻ることを選んだ。
私はあの涙を、そんなふうに受け取りました。
『叛逆の物語』ではほむらの選択もアリだと思っていた
ここで『叛逆の物語』まで遡ります。
前作でほむらは、円環の理となったまどかから人間としてのまどかを引き離しました。
私は当時、「人間の世界にまどかをいさせるという選択肢もアリなんじゃない?」と思っていました。
だって、ほむらはずっとまどかを救おうとしてきた。
「まどかに普通の女の子として幸せになってほしい。」その気持ちは分かりましたもん。
でも今回のまどかを見て、ちょっと考えが変わりました。
まどか本人が円環の理に戻りたいなら、もうその気持ちを尊重してあげた方がいい。
私はそう思います。
人間として生きることが、まどかにとっての幸せとは限らない。
まどか自身が円環の理として魔法少女たちを救うことを望んでいるのなら、それがまどかにとっての幸せなのかもしれないなと思いました。
ほむらは可哀想。でも「諦めも肝心」だと思う
もちろん、ほむらは可哀想です。
ずっとまどかのために動いてきたのに、結局またまどかは自分の元からいなくなってしまう。
ほむらからすれば、「ここまでやったのに……」ですよね。
でも。

ほむら、諦めも肝心だよ。
とも思ってしまいました(笑)
以前は「ほむらは本当に悪なのか?」というテーマでも考察しました。今回の『ワルプルギスの廻天』を観て、ほむらに対する考えも少し変わりました。
→記事はこちら:ほむらは本当に悪なのか?|まどマギ叛逆の物語をほむら視点で考察
まどかを大切に思っているからこそ、まどかの望む人生を受け入れる。
それも一つの愛し方なんじゃないでしょうか。
『叛逆』では「ほむらがまどかを救う」ことが最優先だった。
でも今回、まどか本人が自分の行きたい場所を選んだのだとすれば、今度はほむらがその選択を受け入れる番なのかもしれません。
好きだから一緒にいる。
ではなく、好きだから、相手が選んだ道を尊重する。
私は今回のラストを、そんなふうに見ました。
まどかが望んでいるなら、円環の理に戻るのはハッピーエンド
円環の理に戻ります。
文字だけ見ると、「またまどかが犠牲になるの?」と思うかもしれません。
でも私は、それを必ずしもバッドエンドだとは思いません。
まどか自身が円環の理であることを望んでいるなら、私はハッピーエンドだと思います!
人間として普通に暮らすことだけが幸せではない。
ほむらと一緒にいることだけが、まどかの幸せでもない。
これは『叛逆』を観たときには、私自身そこまで強く思っていなかったことでした。
だから今回のストーリーそのものは★2.8だったけれど、まどかとほむらの関係については、一つ答えが出たような気がしています。
『叛逆』を観たときには、「そもそもまどかは円環の理になって本当に幸せだったのか?」についても考えていました。
→記事はこちら:まどかは本当に幸せなのか?|まどマギ叛逆の物語ラストを考察
エンドロールの足跡は「2人が別々の道を歩む」という意味?
そしてもう一つ気になったのが、エンドロール。
白と黒を中心とした足跡が描かれています。
この足跡についてはかなり細かい考察もあり、単純に白=まどか、黒=ほむらだけではなく、アルティメットまどかや悪魔ほむらなど複数の存在を表しているのでは、という分析もあります。
なので、ここはあくまで私の受け取り方ですが、
私は、まどかとほむらが「別々の道を歩み始めた」ことを表しているように見えました。
それって、必ずしも悲しいことではないと思うんです。
ほむらはほむら。
まどかはまどか。
ずっとお互いを大切に思っていても、同じ場所にいなければならないわけではない。
まどかは自分の望んだ円環の理へ。
ほむらも、まどかを追い続けるだけではない自分の道へ。
もしあの足跡がそんな未来を表しているのだとしたら、私は結構好きな終わり方です。
ただ、エンドロールの足跡には複数の種類があり、その意味は公式に単純明快な答えが示されているわけではありません。なので、ここは考察の余地が残っている部分だと思います。
映像と音楽はやっぱり良かった
ここまで結構厳しいことを書きましたが(笑)、映像と音楽は良かったです。
独特で不気味なのに綺麗な映像。
「まどマギを観ている」と一発で分かる世界観。
そして梶浦由記さんの音楽。
ストーリーについていけなくなっても、画面と音だけで映画館で観る価値は感じました。
だからこそ、個人的にはちょっと惜しかった。
この映像と音楽で、もう少し既存キャラクター中心のストーリーを観たかったなと思います。
まとめ|期待には届かなかった。でもラストには納得
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』。
私の評価は、
★★★☆☆ 2.8 / 5.0
でした。
映像と音楽は素晴らしい。
でも、
・話の繋がりが分かりづらかった
・新キャラが多く、既存キャラをもっと見たかった
・ワルプルギスの夜は謎のままでもよかった
・『叛逆の物語』ほど考察したくならなかった
という理由で、ストーリーは正直あまりハマりませんでした。
13年待った続編ということもあって、期待値が高すぎた部分もあるのかもしれません。
ただ、ラストのまどかとほむらについては好きです。
私は、まどかは再び円環の理に戻ったと思っています。
ほむらのことが嫌いだからではなく、ほむらのことも大切に思いながら、それでも自分の望む道を選んだ。
そして、それがまどか自身の望みなら――

私は、それでいいと思う。
ほむらは可哀想。
でも、まどかのことを本当に大切に思うなら、そろそろまどか自身の選択を尊重してあげてもいいんじゃないでしょうか。
『叛逆の物語』ほど好きにはなれなかった『ワルプルギスの廻天』。
でも、まどかとほむらがそれぞれ別の道を歩き始めた物語だと考えると、この結末自体は嫌いじゃありません。
むしろ13年越しに、「まどかにとっての幸せを決めるのは、ほむらではなくまどか自身なんじゃないか」と感じられたこと。
そこが、私にとって今回の映画で一番印象に残ったところでした。


